中村(敦志)研究室
       
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2009年度ゼミ論
                               
    チカーノ・アートのメッセージ
                        
                             堤 慎也

 アメリカ合衆国内で今やラティーノは、非アングロサクソン系移民の中では一番多数を占めているマイノリティ集団である。そしてこのラティーノの内、約半数が「チカーノ」と呼ばれるメキシコ系の人々である。「チカーノ・アート」というものは、この「チカーノ」と呼ばれる彼らの文化の一つである。その絵はパワフルで美しく、そして非常にメッセージ性がある。このチカーノ・アートというのはどのような物で、どのようにして誕生したの か。力強い絵に込められたものを「チカーノ」の歴史的背景をふまえた上で考察してみたいと思う。

 1960年代にかけてアメリカ全土で展開されたマーティン・ルーサー・キング牧師を指導者とする公民権運動は、メキシコ系アメリカ人やネイティブアメリカン等、黒人以外のマイノリティ集団にも多大な影響を与えた。彼らはこの公民権運動のムーブメントに乗り、経済的状況の改善およびアメリカ市民としての権利の承認を求めて、それぞれ独自に反人種差別運動を起こすことになった。メキシコ系アメリカ人をさす言葉として現在は広く使われているが、元々は蔑(さげす)みの意味合いが強かった「チカーノ」という言葉にこの時、民族の自尊心とルーツを再確認する呼称として、新しい意味とパワーが付与された。この新しい意味とは、常に低い階層に置かれてきた人たちの存在とその中で守られてきた文化や伝統を、再評価してプラスに転化しようというものだ。

 このチカーノ運動と共に誕生したのがチカーノ・アートである。従って反アングロ系色の強い社会的メッセージや政治的主張を込めているものが多い。チカーノ・アートの中でもユニークで代表的なのは、路上や建物の壁に描かれた壁画である。これは、チカーノ・コミュニティーの住民たちに、より多くの真実を露呈させ、認識させ、チカーノ運動にうながしていくという大きな役割を担っていたのだろう。そのため個人所有でなく、誰でもいつでも見ることのできる壁画が主な媒体に選ばれたのだ。この壁画製作は、それ自身で「チカーノ壁画運動」と呼ばれる。それほど重要で広範囲に波及していった表現であり、チカーノ意識の向上と浸透を助けた。コミュニティレベルでは、これまで絵筆を持ったことのない人までが積極的に参加し、自己表現や社会意識の高揚に貢献した。このように壁画を通して、チカーノとしてのアイデンティティーを自己で確立していった者もいた。

 しかし1970年代後半から、チカーノ・アートの新しい動きがおきた。マイノリティ達の公民権運動が一定の成功を収め、アングロ系の社会に風穴があいたことにより、これまで受け入れられなかった美術館やギャラリーなどで、チカーノ・アートの展示会が催されるようになった。またこのことと、チカーノ運動がかつての勢いをなくしたことも相まって、非政治的で純粋な芸術作品として、白人からも受け入れられるようになったのである。そして現在のチカーノ・アートは、社会全体に受け入れられ始め、アングロ系アメリカ人やその文化に対する抵抗のメッセージだけでなく、バリオ と呼ばれるメキシコ人居住区のチカーノ・コミュニティー内の貧困や犯罪率の問題、社会の弱者一般に共通する教育や福祉の問題、さらには人類共通の課題である環境汚染や生態系の破壊問題などにも眼を向けるなど、扱う主題が多様化してきている。

 チカーノ運動が一番活発だった60年代後半のチカーノ・アートは、全体的な印象では反抗ということを露骨に感じさせるものが多い。この反抗は、歴史的なことを考えると正当なものである。だから非常に力強く見える。しかし私は彼らのアートの中に、制度化され、アメリカ大陸にあたかも昔からあるものであるかのように定着したアングロ文化に従属している、という苦しさを感じた。彼らは歴史的には先住民族であり、独自の文化体系を築いていた。しかしながら、白人が作り上げたアメリカ文化の パワーはあまりにも強力なので、それはチカーノ達の文化より遅れてきたものでありながら、アメリカ大陸に、あたかも昔からあるもののように、すべてアングロ文化が当然であるかのように定着してしまった。「チカーノ・アート」とはそのような矛盾した社会の中から生まれたチカーノ達のメッセージそのものである。だから人々をひきつける魅力があるのではないだろうか。

     



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