中村(敦)研究室
       
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           アメリカ人とアーミッシュ 

                                             嵐 裕美

 アーミッシュとは、アメリカのオハイオ州やペンシルバニア州など、一部の州にコミュニティを築き、イエス・キリストに忠実に従い、一般のアメリカ人とは全く異なる従順で質素な生活を営む人々である。彼らは電気や自動車を使わず、学校もアーミッシュのみの学校に通っている。アーミッシュとは、17世紀後半にヨーロッパで迫害を受けたためにアメリカに渡ってきた移民である。かつてのアメリカは、人種や宗教、容姿などの異なった移民を迫害してきた歴史を持っている。しかしながらアーミッシュは、アメリカに移住してきてから迫害されたことがほとんどなかった。アーミッシュはなぜ迫害される対象にならなかったのだろうか。

 かつてアメリカは様々な国から移民を受け入れ、その多くが「自由」と「平等」を求めるものであった。その中でアーミッシュは「信仰の自由」を求めてアメリカに渡ってきた。彼らはプロテスタントの再洗礼派としてスイスで結成した。アーミッシュは元々メノナイト派の一派だったのだが、メノナイト派の戒律が徐々に緩んできたことから、その中でも聖書に厳格だった一部の教徒がアーミッシュ派に分派した。彼らがヨーロッパで迫害を受けた理由として、一つは彼らが革新的であったこと。二つ目に当時ヨーロッパでは過激な宗教戦争が続いていたために市民には兵役が課せられていたが、アーミッシュは社会的秩序よりも信仰を優先させ、それを理由に拒否したことが挙げられる。そこで彼らは移住地として、未開の地であったアメリカに着目したのである。

 イギリスからの独立後、アメリカは「アメリカ人独自のアイデンティティ」を確立して、自国にプライドを持ち、「古い偏見やしきたりを投げ捨て、自由で平等な社会」を築こうとしていた。しかしアーミッシュは、このアメリカ的な考えとは正反対な生活様式を営んでいる。彼らがアメリカで現存できる理由として、外界に対して宗教面では隔離するが、実際の生活面では、居住地と外界の間に垣根は作らないからではないかと考える。こうすることで、アーミッシュがコミュニティ内で何を行っているのかわからないような不安を外界に与えることもなく、積極的に伝道活動を働きかけるわけでもない。彼らは閉鎖的にならずに、聖書に従って平和に生活しているだけなのである。

 しかし、文化の違いがここまで著しいと、論争がなかったわけではなかった。彼らは人格形成とアーミッシュとしてのアイデンティティを身に付けるために、アーミッシュとしての中等教育を重んじていたが、各州によって教育方針や年数が異なったことから、論争が勃発してしまった。裁判にまで発展する事件も起こった。アーミッシュは紛争の解決に裁判を使うことを認めていなかったため、代理として、アメリカ人の間でアーミッシュを支持するための委員会が発足した。彼らの力を借り、アーミッシュはその裁判に勝訴した。この結果はアメリカ人がアーミッシュを積極的に支持したという点で大きな意味を持っている。それはアーミッシュがはっきりとした信仰理解と教育観を持ち、外界に脅威を与えていないことがあったことによって成し得たことだろう。
 
 なぜアメリカ人がアーミッシュを支持したのか。それは周辺に脅威を与えていなかったことに限らず、アメリカに「自由」と「平等」を求めて移住してきたこと、一人のカリスマ的存在によって指導されている宗教団体ではなく、男性に権威が分散されている傾向などからアメリカ的理念である共和主義に極めて近いものであるという共通点をアメリカ人が見出したのだと考える。だが、それ以上にアメリカ人はアーミッシュのノスタルジーな魅力に惹きつけられているように思う。彼らが送っている生活様式は都会化する以前のアメリカそのものであったように感じるからだろう。彼らはアメリカ人にとって「心の故郷」に住み続ける人たちなのである。


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