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ヒップホップとアメリカ 

菅野 由美

 

 私は以前から、なぜアメリカという国には「反抗の芸術」というものが誕生し、またそれがどのようにして社会で育ち、海を越えるほどの大きな影響力を持つまでに成長し得るのか、という点に非常に興味を持っていた。そこで今回私が焦点を当てたのは、1970年代中期から1980年代初頭にかけてN.Yブロンクスを中心に、ストリートの黒人達によって生み出された「ヒップホップ」と呼ばれる新生若者文化であった。そこで、「ヒップホップ」を今や世界中の若者達に多大な影響を与える「トレンド」としての文化と捉え、また一方で社会に対する「反抗の芸術」としての文化という二つの視点から捉えた時、 アメリカ社会の問題点や経済の仕組みといったものが見えてきたように思う。

 まず、なぜ「ヒップホップ」が「反抗の芸術」と呼ばれるのかについて。そもそも、「ヒップホップ」とは「ヒップホップカルチャー」とも呼ばれ、「ラップミュージック、DJプレイ、グラフィティ・アート、ブレイクダンス」といった様々なジャンルから成り立つものである。そして注目すべきは、人種差別の中で排他されかかったスラム街の黒人達が、「声・音・身体・リズム・色」といったものを武器にアメリカ社会の没落や自らの苦悩を表現した点である。またこの時、アメリカ社会には人種差別に左右される生活水準の格差、それに伴う教育水準、犯罪、社会政策のあり方といったものの矛盾が見えたように思う。心に渦巻いていた苦しみと、生まれ持ったリズム。これらが融合した時、そこに生まれるべくして生まれた芸術、それが「ヒップホップ」である。それが、人種に関わらず、「トレンド」として人気を博した理由は、物質主義のもとのアメリカンビックマーケットに「ヒップホップ」が進出したことにある。音楽産業でいうと、「ヒップホップミュージック」が幅広いリスナーを獲得すべくポップス色を強めるよう加工されたこと。またアパレル産業でいうと、ラフなファッションや身のこなしといったビジュアル面で、黒人のファッション文化がブラウン管で紹介され人気を博したことが挙げられる。(その他にも近年では、映画産業やスポーツ産業とも関連が深い。)こうして、ストリートの黒人達から生まれた文化は人種や身分、性別を超え多くの若者たちを虜にしていった。

 このように、私は「ヒップホップ」の誕生、そして成長をアメリカという国と照らし合わせて調べてきた。荒んだ地域の黒人達の苦悩・屈辱から生まれた「ヒップホップカルチャー」は今や彼らだけに許された文化ではなくなった。「音・リズム・色・言葉・ファッション」といった感性に差別は無く、時に皆で共感し合い、時に自分なりの感じ方が出来ることを、「ヒップホップ」は教えてくれた。小さな可能性が世界を変えることを私は学んだ。万人に窓口を向けてくれるこのような芸術の精神を、アメリカが、そして世界中が持てたら、差別や争いは無くなっていくのではないだろうかと思う。


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